近年、「総額人件費管理」が注目されるようになってきました。これは、バブル経済崩壊以降の経済不況の中、『人件費をいかに抑えるか』という観点から注目されるようになったように感じますが、人件費はこれまでも、またこれからも企業にとって経営管理上、重要なコストであることには変わりありません。それにもかかわらず、なぜ、ここにきて「総額人件費管理」が問題視されるようになったのでしょうか。
それは、昨今の厳しい経営環境の変化に対して、企業が人件費管理の仕組み自体を変えざるを得なくなってきているためで、『総額』という言葉が人件費管理システムを変革するうえでの重要なキーワードになっているからだと言えます。
これまでは、総額人件費そのものを管理するというより、個々に決められた費用を積み上げた額が結果として総額人件費になるというものでした。また、企業は、春闘などで決まった給与を前提に経営管理を行っており、「終身雇用制度」のもとで雇用が保障され、かつ「年功賃金制度」のもとで賃金が安定的に決められていたために、人件費は実質的に固定費化されてしまっていました。
1980年代までは、このように人件費が固定費化されていても、企業はそれを十分吸収できる成長力をもっていましたが、近年のように市場のグローバル化が進み、競争が激化し価格競争力を失うと、これまでのように、積み上げ式の人件費管理を続けることが難しくなり、厳しい経営環境の中、企業が「適正な利益」を獲得して行くためには、市場競争を踏まえたコスト(人件費)を戦略的に決めることが必要になってきました。まず、人件費の『総額』を決め、そのあとに各費用を決めるという、『総額』を意識した人件費管理を導入せざるを得なくなってきたとも言えます。
そして、「総額人件費管理」には、もう一つ考慮しておくべき点があります。最近は給与等の人件費の増加は抑えられつつありますが、退職金や福利厚生費等によっても総額人件費が膨らむということです。退職金制度は、一般的に従業員の高齢化(勤続年数)が進むと費用が増加するように設計されていますし、法定福利費は、少子高齢化を背景にして構造的に増加して行く傾向にあり、今後、さらにその影響が大きくなって行くことが予想されます。
現在のように配分すべきパイの拡大が望めない状況になると、「なぜ、この費用が多く、(又は少なく)配分されるのか」を明確に説明しなければ、従業員の納得を得ることが難しくなり、その配分方法によっては、従業員のモチベーションを低下させることにもつながってしまいます。 「総額人件費管理」を導入するということは、人件費の決め方について、これまで以上に理念や方針、そして人事・賃金制度等のルールを明確に打ち出すという戦略的なアプローチが必要になるものと考えられます。